緒形拳の息子が事故死?幹太と直人は腹違いの双子?年齢は年子?同い年なの?

今回は昭和の名優、緒形拳さんとその家族についてご紹介します。

 

嫁は?

1966年新国劇所属の女優・高倉典江と結婚。
1968年、新国劇を退団。映画・テレビドラマに活躍の場を移した。
楽屋で初めて緒形さんに会った頃に、緒形さんは婚約していた。
同じ新国劇の高倉典江さん。
新人の緒形にとって、高倉さんは高嶺の花だった。
高倉さんは男性主導の新国劇において貴重な娘役だった。

お二人の出会いの馴れ初めは、緒形拳さんが1966年28歳ごろ、女優の高倉典江さん(同じ年)と七年越しの恋を実らせ結婚

高倉さんは結婚を機に女優業を引退され、専業主婦となられたようです。その後、長男・次男・娘と三人の子供を出産。

その後、緒形拳さんはさまざまな作品で活躍をされますが、残念ながら肝硬変から肝がんを患い、2008年10月に71歳で亡くなられました

高校時代に新国劇を見て志して以来、命が燃え尽きるまで俳優であり続けた。
密葬後に会見した幹太と直人によると、約8年前から慢性肝炎を患い、肝硬変をへて4、5年前に肝がんに移行
むしばまれる一方だったが「肝臓のことは関係者に絶対言うな」と家族に伝え「オレは絶対に大丈夫だ。
強い気持ちで仕事に臨むことで病気に勝ちたい」と自分に言い聞かせるように話していたという。この決意を貫くため、8年にわたる闘病生活で1度も長期入院しなかった
食事制限など摂生する在宅治療を選び、体調が悪くても点滴を受ける程度の通院や検査で済ませた。
直人は「事細やかな治療法は僕らにも分からない中で懸命に戦っていた」と明かした。

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がんは怖いですね。

宗教?

緒形拳さんの密葬は、新宿区にある華宗獅子吼会(ほっけしゅう・ししくかい)本部で執り行われたそうです。

あまり聞きなれない宗派ですが、緒形家は代々こちらの宗派を信仰されていたようです。

人生とは何か、人間とは何か、命とは何かをつねに頭に抱いて生きたとみられる緒形拳さん
時々お寺の片隅に座って瞑想に耽ったり、法話を聞いたり、獅子吼会の導師(法華宗大本山鷲山寺貫首、同宗管長 大塚日正大僧正)に何通もおもいを書き綴ったり、書を描いたりとにかく「考える人」だったと思う。
同じ獅子吼会で営まれた密葬で津川雅彦さんら芸能人は「彼は死ぬ最後の瞬間まで生きた」「最後の十分間はカッと目を見開いていた」「彼のような死に方を是非私もしたい」との言葉を残していた。

一流は死に際もカッコ良かったのですね。

バラエティ番組が苦手?

緒形拳さんはバラエティ番組に出演されることが苦手だったそうです。が、例外でお好きな番組などには出演をされることもあったようです。

上沼恵美子さんがラジオで、緒形さんとのエピソードを話されてました。
トーク番組にはあまり出られない緒形さんが上沼さん司会の番組に出た時、 照れて話の流れとは関係なく「カレーライス食べたい」と言い出す緒形さん
そんな風に話をはぐらかしてばかりいるので、「番組になりません!」と、 上沼さんが注意したら、緒形さんは「ごめんなさい」と素直に謝ったとか。
それから、自ら進んで、お話をされたとか。
機嫌を損なうだろうと覚悟してた上沼さんは「ほんまの大物やと思った」と言ってました。

渋い雰囲気が魅力だった緒形拳さんですが、実は『ドラえもん』が好きだったりと、意外とおちゃめな一面もあったようですね。

書家としても成功?

また緒形拳さんは生前、書家としても名を馳せていたそうです。

緒形さんの書家デビューとなった初個展は1991年10月18-25日、東京・赤坂游ギャラリーで開かれた。
当時54歳だった緒形さんの年齢にちなみ、額装、軸装、屏風など54点を展示。
30万-120万円の値段がつけられた作品は完売し、大成功を収めた。

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個展を開くなど、演技以外でも才能を発揮されていたんですね。

息子は双子?

緒形さんの葬儀の際、話題になったのが長男・次男の年齢でした。

緒形拳さんの息子二人は、ともに俳優として活躍されています。

の緒形 幹太さんが 1966年11月21日生まれ、弟の緒形 直人 さんが1967年09月22日生まれ。

10か月違い年子の兄弟なんですね!ちなみに妹さんも年子だとか。

緒形拳さんが亡くなった当初は二人とも41歳だったそうで、画面に出た兄弟の年齢が間違っているのでは?と思われた方が多かったようです。

10か月違いの年子だと、年齢が重なる時期があるんですね。

あまりないことですよね。

兄、緒形幹太とは?

次男の緒形直人さんは俳優として有名ですが、長男である幹太さんはどんな方なのでしょうか?

今回はお兄さんに関して詳しく調べてみたいと思います。

俳優・緒形拳の長男として生まれ、1歳下の弟・直人も俳優。
日本大学を中退後、父が所属する事務所で小林稔侍らのマネージャーをつとめるうちに、自らも俳優を志すようになる。
1989年、父の反対を押し切り、TBS『淋しい女は太る』で俳優デビュー

演じたいと思ったのでしょうね。

家族は?

緒形幹太さんは現在50歳。奥さまと、長女・次女と二人の娘さんがいらっしゃるようです。

詳細がわかりませんでしたが、おそらく一般人の女性なのではないでしょうか。

仕事は?

緒形幹太さんは舞台でも活躍し、緒形拳さんがライフワークにしていた役どころの弟子として出演もされています。

昨年10月に亡くなった緒形拳さん(享年71)の長男、緒形幹太(42)が出演した劇団若獅子公演「王将」が18日、国立劇場(東京都千代田区)で千秋楽を迎えた。
主人公の棋士坂田三吉は、緒形さんがライフワークにしていた役
今回は追悼公演と銘打たれ、幹太は坂田の弟子役で出演
「父がやった時の写真を楽屋に飾りました。毎回見守ってくれました。もっと年を取って野性味あふれる顔になったら、(坂田役を)演じることを考えたい」としみじみ話した。

緒形拳さんとは2005年出演の映画「蝉しぐれ」や、2001年出演の舞台「信濃の一茶」などで親子共演されました。

そして、芸能界の交友関係では東山紀之さんと幼馴染だそうです。

 13歳当時、お互いの実家が近所で共通の友人を通して知り合う。
また、緒形を通して緒形の父親で俳優の緒形拳、弟で俳優の緒形直人とも交流があった。

東山さんが「A-Studio」に出演された際に、緒形幹太さんについて語られたそうです。

緒形家で鍋パーティをした時に、 鍋を置いて帰られたというエピソードや、緒形さんが、酔った東山さんにヘッドロックされ、 翌日、レントゲンを撮られた、とのエピソードを明かされた。

また、緒形幹太さんは俳優としての傍ら、父である緒形拳さんと同じく書家としても活動されています。

字の魅力に獲りつかれた「緒形幹太」が父の背中を追う写真家(小口昭宣)と出会い和紙の写真に文字を書き、今回「書家」としてデビューしました。

お父様譲りの書家としての才能が垣間見えますよね!

また緒形拳さんの過去の作品とあわせて、二人展なども開催されているようです。

お二人それぞれの作品を一度に見られる二人展は、とてもよい企画だと思います。

緒形拳さんとはまた違った作品の魅力を持つ、緒形幹太さんに今後も注目ですね。

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